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キアヌと彼のバイク会社のことや、自分の興味のあることを気ままに書いています。

恋と愛 パート2

最近恋と愛のちがいについて、ぐるぐる考えています。パート2としたのは、以前にも同じようなことを書いた(はず?)からです。

やっと納得いくこたえを得られた気がします。スピリチュアリストの江原啓之さんの言葉で、

「恋は感性を学ぶため、愛は忍耐を学ぶためにする」

というようなのがあるそうです。けっこう有名な言葉かもしれませんが、私はしりませんでした。そしてこの言葉が、私の長年の疑問?に対して、一番しっくりくる解答でした。

私にとっては”恋”はクロールを泳いだりしてるような、ちょっと疲れてしまうものです。考えてみたらこれまで好きになった人に対して、ありのままの自分でいれたことはありませんでした。

いつも自分と誰かを比べながら、私はこれが劣っている、ここを直さなければあの人に嫌われてしまう、というかんじで必死でとりつくろっていました。相手がおだやかなタイプで安らげると思っていたときも常に嫉妬と隣あわせだったりで、いま思うと本当の安らぎとは言えませんでした。

その反面、無理をした甲斐があって?相手もいい面をみせてくれるので、とてもいい気分を味わえます。こんな時間がずっと続けばいいのに、と夢をみますが、やっぱり夢なのでいつかはさめてしまいます。

まさに天国と地獄を味わうようなかんじです。ひとつの恋がおわってドン底の気分のときは、「もう二度と恋なんてしない」とドラマでよく聞くようなことを本気で思ったりします。

本当は昔から、ただひとつの愛に憧れて求めていました。自分のすべてをさらけだして、お互いに他の誰といれかわってもだめで、相手のどんな面をみてもおもう気持ちは1ミリも変わらなくて…。

恋の延長に愛があるかも?と思っていたけど、私にとっては本当はその2つは真逆のものでした。

恋と愛のバロメーターは、いかに自分のダメなところをみせても大丈夫か?ですね。ある人に自分のこんな(ダメな)部分は絶対みせたくない。隠すか、直すかしなければ、と少しでも思うとしたら、その人との間に本当の愛はないのだと、やっと気づけた気がします。

もしこれから好きな人ができたり、縁があって親しくなれたりしたら、その人が”恋”の相手なら、不毛な勘違いはしないですむと思います。もし私の中の脳内麻薬が勘違いさせたとしても、本心では

【その人とはいつか必ず終わるよ。でもだからといって決してムダな経験ではないよ。むしろ自分を成長させてくれるかけがえのない経験になるよ】

ということを忘れずにいれると思います。恋と愛を混同しないで、両方のいい面と悪い(というか大変な)面をふまえて、では自分はどうありたいのかというのが、いまの私のテーマです。

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