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キアヌと彼のバイク会社のことや、自分の興味のあることを気ままに書いています。

♪ 明日の朝 映画を観に行こう 本当の勇気を 教えてくれる様な

映画『キネマの神様』をみてきました。*ちょこちょこ(ネタバレ)を書いてしまうと思います。

今日のタイトルは、THE BLUE HEARTSが好きな方ならすぐわかると思いますが、《夢の駅》という曲の歌詞です。

私は落ち込むことや嫌なことがあるとよくこの歌詞が浮かびます。映画をみてしばし現実逃避をして、みた映画に癒されたり元気づけられたりするのが大好きだからです。

『キネマの神様』の感想をきちんと書きたいと思ったのですが、性格上、ざっくりと雑なものになってしまうと思います。

みて感じたことを、適当に書かせてもらいます(ネタバレあり、注意です)

・小林稔侍と、若き日を演じた野田洋二郎が思った以上に似ていた。普段の2人をみて特に似てると思ったことはなかったけど、キャスティングした方はうまいなと思った。

・みる前にレビューをみたらジュリー(沢田研二)が本来演じるはずだった故 志村けんさんの存在を尊重して演じているのがわかったという感想がけっこうあった。キャラが違うので不自然にならないかと思ったけどそんなことはなかった。志村さんが演じたら味わい深くなったろうしみてみたかったけど、もし若き日を菅田将暉が演じることが決まっていたのならジュリーのほうが違和感がない気がした。

・みていると、自分の人生であきらめた、妥協してきたことなどが思いだされてジュリー演じるゴウと自分を重ねあわせていた。ゴウは良くも悪くも飄々としていて、そんなに必死さは感じない。だけど達成できなかった夢が自分の中でくすぶっているかんじで、ギャンブルで借金を作ったりアル中だったりで家族に見捨てられる寸前にまでなってしまっている。

本人は昔から自分のそんなダメな部分を分かっていて、両思いのよし子さんにも自分の親友で誠実なテラシンと結婚することを勧めたりする。それでもよし子は自分の想いを貫いてゴウと結婚するけど、予想どおりの?苦労続きの結婚生活、晩年を送っている。

・ゴウとテラシンは若い頃も晩年も映画に携わっている。正確にはゴウは、昔映画製作に挫折してからははなれていた(はず)けど、人生の最後に孫の協力も得て返り咲くことができた。

・この展開がとてもいいなと思ったけど、テラシンは昔自分で予想したとおり、映画館を経営している。ゴウのいうようにまじめに堅実に人生を送っていた。それなのにコロナ禍のせいで映画館の経営が危ぶまれてきた。

そのときに自身は借金まみれで周りに迷惑をかけ続けてきたゴウが、脚本で得た懸賞金をテラシンに差し出す。この展開にも2人の簡単に善、悪と言い切れない性質というか不思議な関係性があらわれているなと思った。

私はこの映画の原作は読んでいないのですが、映画版だけかもしれませんが正直映画にコロナ禍などがそのまま出てくるとは思っていませんでした。劇中には思いきりフィクションのシーンなどもあるのですが(ゴウの心の中を描写しただけかもしれませんが)、途中にはさまれる現実的な内容などではっと現実に引き戻されます。

フィクションの甘さと現実の重みのバランスが私には心地よくて、きれいごとだけではない、だけど夢をみてそれに向かうこと以外に人(自分)は幸せになれるのだろうかと、抑圧してきたいろんな夢を思い出させてくれました。

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